第四回
*
「本当に、これでよかったのか」
「私、後悔してません。やっと初体験できてうれしいです」
それが、香澄の素直な感想だった。
「でも、いつかまた彼氏ができても、今日の事は言えないでしょうね……」
小さくつぶやく。
セックスを早く体験したい、という好奇心だけで、自分は焦って処女を捨ててしまったのではないか。
初めての性体験は、本当はもっと大切にすべきものではなかったのか。
そんな悔恨が今ごろになって沸いてくる。
だが、悔やんだところですでに遅かった。
香澄の肉体は、すでに男を迎え入れてしまったのだから。
(私、もうバージンじゃないんだ)
あらためて、そんな思いが込み上げる。
それは大人の女になったという誇らしさと、そして早まったのではないかという不安とが入り混じる葛藤にも似た思いだった。
「まあ、こんなことは彼氏には言えないよねぇ」
榎本はふん、と鼻を鳴らすと、それ以上詮索せずに動き出した。
膣内を駆け巡る男根の感触に、香澄は軽く喘いだ。
生まれて初めて味わう感触だった。
「くう、やはりキツいね。動かすだけで一苦労だよ」
顔をしかめながらも、榎本は喜悦の声を上げた。
初々しい膣襞の感触を味わうように、ゆっくりとペニスを出し入れする。力強い律動が、男性を知ったばかりの粘膜を強烈に摩擦した。
男はさらにガクガクと腰を揺さぶった。
たくましい両腕に腰を固定され、力強いピストン運動に揺さぶられながら、香澄は必死で相手の体にしがみつく。
「どうだ、セックスの味は。気持ちイイか」
「うぅっ……くぅっ……!」
香澄は何度も腰を浮かせ、両脚を男の腰に絡めた。
膣洞をこすりあげられ、繊細な粘膜をえぐられる律動が、気持ちいいのか、悪いのか。
それすらも分からなかった。
何もかもが初めての感覚で、初心な乙女はただ混乱していた。
一方の榎本は感激しきりと様子だった。
「おお、本当にキツいぞ! さすが処女だな!」
幾人もの女生徒を金で買い、抱いてきた男も、さすがにこれほどの美少女を、それもバージンを奪うのは初めてなのだろう。
興奮の吐息を、香澄の顔といわず、胸といわず、体中に吐きかけてくる。くすぐったくて仕方がなかった。
ふいに、何かのスイッチが入ったかのように、背筋のあたりを甘い電流が駆け抜けた。
それがセックスによる快楽なのだ、と気づいた瞬間、さらに大きな波が、瑞々しい女体をさらっていった。
「あんっ……あんっ、ああんっ……!」
はしたないと思いつつも、自然と声がもれる。
ペニスに貫かれるたびに背筋に愉悦が走る。
香澄はみずから腰を揺すりはじめた。お互いに下腹部を激しく打ちつけあうと、あふれ出た体液が泡となって飛び散る。
「あんっ、あんっ、あんっ、ああんっ!」
香澄はこみ上げてくる快感に目を閉じ、背中を大きく仰け反らせた。
処女を卒業したばかりで、早くもオルガスムスを感じ始めている自分に、少し驚きを感じる。
「あぁ、イキそう……あ、イキそうっ!」
股間を中心として、快楽の電流が広がっていく。
処女だというのに、すでに彼女の性感は目覚め始めていた。やがて、それが頂点に達したとき、生まれて初めてのオルガスムスに絶叫した。
「あっ……香澄、イッちゃう……! 気持ちいいです、先生……あ、駄目、イクうっ!」
「ぼっ、僕も出る!」
男は荒々しく腰をたたきつけると、一転して、ぐいっ、と硬いものを膣から抜き取った。その直後、
熱い──!
どくっ、どくっ、と熱い樹液が香澄の身体に降り注ぐ。初めて味わう体液の熱に香澄は小さく叫んだ。
「はあ、はあ……初めてにしてはよかったぞ」
榎本は満足そうな顔で萎えたペニスをぬぐった。
いままで繋がっていた部分からドロリと赤い液体が垂れ落ちる。香澄が純潔を失った証が、糸を引きながら大腿のあたりを伝い落ちていった。
「これが……エッチするってことなのね……」
そっと下腹部に手を伸ばすと、かすかに鈍い痛みが残っていた。
榎本がベッド脇にあったティッシュを取り、香澄の股間を拭いはじめた。
「う、くっ」
かすかに顔をしかめ、香澄は上体を起こした。首を下に曲げ、己れの股間をのぞきこむ。
幸い、出血は少ないようだった。白い内腿に、かすかに紅い筋がこびりついている程度だ。
それよりも、彼が放出した体液でお腹のあたりが濡れていて気持ちが悪かった。
「うわ、こんなに大きいのが入ったんですね……」
香澄は榎本の股間に視線を落とした。
すでに萎えているにもかかわらず、肉茎は異様に大きく見えた。自分の小さな膣孔に、こんな巨大な器官が挿入されていた、という事実が信じられなかった。
「てっきりロストバージンの悲しみで泣き喚くかと思ったけどね。意外に冷静じゃないか」
「言ったでしょう。早く経験したかった、って」
強がりではなかった。
香澄に、処女を喪失した悲哀はない。むしろ初体験を済ませて思いを遂げ、さっぱりとした気持ちだった。
榎本が、恋人同士がするように抱き寄せようとすると、香澄はひらりと身を翻した。
「キスは駄目、って言ったでしょう」
形の良い眉をしかめ、男性教師をにらみつける。処女を渡したとはいえ、心までは渡していないという意思表示だった。
「やれやれ、ヘンなところでガードが固いね」
「それより五万円。約束ですよ」
香澄が手を差し出した。
「あ、ああ、わかった」
榎本は驚いたような顔をしながらも、財布から素直に五万円を差し出した。
「どうも」
香澄はそっけなく言って、娼婦としての報酬を受け取る。
「しかし、よかったよ、北大路くん。また、そのうち頼むよ」
「……また?」
「他の女子生徒とも定期的に、こうして付き合ってるんだ。向こうは小遣い稼ぎになるし、僕も欲望を発散できるし、利害は一致しているだろ」
「定期的にこういうことを──」
香澄が悄然とつぶやく。
これは、自分が体を売って得た金なのだ。
男に体を自由にさせて、その代償に得た金だった。
突然、嫌悪感が込み上げてきた。
自分がひどく汚れた、惨めな存在に思えた。
「お、おい、もう帰るのか」
突然身支度を始めた香澄に、榎本が戸惑った声をかける。
香澄はなにも答えない。
答えたくもない。
無言で服を着替え、ラブホテルを後にした。
──結局香澄は、その一度きりで売春をやめた。
体を売ったあと、ひどい自己嫌悪に陥ったからだ。それ以降、付き合ってきた恋人たちにも、自分が売春をしていた過去のことは話していない。
青春時代の、たった一度の過ち。
その一度きりの過ちの場面が、なぜ写真になって残っているのだろう。そして彼はどうやって、こんなものを手に入れたのだろう。
「この写真をどこで?」
「うふふ、とあるツテから手に入れちゃったんだよねぇ」
「だ、だってもう十年近く前のことなのに……」
「十年前だろうと、二十年前だろうと──今の僕にはできるんだよ」
増田がねっとりとした視線を彼女に向ける。
「旦那さんがこれを知ったら、どう思うかなぁ」
(ああ、洋介さん……)
香澄は優しい夫のことを想った。
夫以外に男性経験があること自体は話しているが、売春の経験があることだけはどうしても言えなかった。
一度だけの過ちとはいえ、体を売ったことがあるという過去を知られたら、夫はどんな顔をするだろう。恋人を相手にする愛情行為とはまるで違う。金のためのセックス。
それを自分が経験している、と知られたら、夫との間に取り返しのつかない溝が生まれるような気がしたのだ。
売春の過去は封印しよう。
夫にも誰にも話さない。
私が死ぬまで。
決して、誰にも。
香澄はそう誓ったのだった。
なのに、なぜ──
「過去を消すことはできないよ。誰にも、ね」
増田が彼女に詰め寄る。
すでに小心者の青年の顔ではなかった。そこにあるのは、己の欲望のためならばあらゆる手段を講じる悪党の顔だ。
「増田さん、あなた──」
香澄は彼の本性を見誤っていたと今さらながらに気づいた。決して美男子ではないけれど、純朴な青年だと思っていた。夫のように穏やかで心の優しい人だ、と。
だが違ったのだ。
純朴そうな顔の裏に……おそるべき毒牙を隠し持っていた。
「口止め料、もらおうかな」
「く、口止め料って……」
「またまたー、わかってるくせに」
にっこりと笑う増田。
「このときみたいに買ってあげるよ、香澄さんのカラダ。代金はこの写真。悪くない取引だろ?」
「あなたは、本当はこんなことをする人じゃないはずよ」
本当に悪い人なんていやしない。
香澄はそんな思いを込めて、説得する。
そう、彼だって若い性欲をもてあましているだけなんだ。きっと一時の気の迷いなんだ。
「こんなことをしてはいけないわ、増田さん。あなたのことを本当に分かってくれる女性がいるはずよ。セックスって、そういう人とだけする愛情行為でしょう」
「…………」
「売春をしたことがある私が言っても、説得力がないかしら? でも私、あの後すごく後悔したのよ。遊び感覚であんなことやらなければよかった、って」
「…………」
「体を売ったのは一度だけなの。後は、本当に愛し合った人にしか体を許していないわ」
「…………」
「だからあなたももうお止めなさい。あなたは、本当はこんなことをする人じゃないはずよ」
香澄がもう一度告げる。
──瞬間、増田の表情が変わった。
*
「あなたは、本当はこんなことをする人じゃないはずよ」
彼女の言葉に、増田の中の何かが切れた。
香澄はどこまでも綺麗事を吐いている。人間を信じるような言葉を突きつけてくる。それが増田のカンに障った。
鬱屈した怒りが、静かに爆発する。
怒り──
そう、怒りだ。
虐げられてきた人間だけがもつ黒い想い。恵まれた人間には理解不可能な負の感情。そもそも綺麗事を言える時点で、虐げられてきた人たちを見下しているのと同じことだ。
増田はなんとしても、この清純そうな人妻を汚してやりたいと思った。
世の中は綺麗なものだけで構成されているわけじゃない。
脂ぎった欲望やドス黒い妄執も存在しているのだ、ということを彼女の身体に刻み付けてやる。
「本当はこんなことをする人じゃない? あなたに僕の何が分かるんです」
増田はだぶついた腹を揺らし、香澄に迫った。口の端を引きつらせるようにして笑う。
「人間は外見がすべてだ。僕はデブだ、キモオタだってずっといじめられてきたよ。あなたみたいな美人には一生分からないだろうけど、ね」
しん、と空気が静まり返った。
「人は、容姿の悪い人間を馬鹿にする。僕も……馬鹿にされつづけてきた。容姿に恵まれた人にこの気持ちは分からないよ」
「増田さん……」
香澄は彼の言葉を否定するかのように、首を左右に振った。
何度も何度も。
だが、そんなことをしても現実は何も変わらない。
「今から僕はあなたを犯す」
増田は清純ぶった人妻に、自分の欲望をストレートに表現した。
「正しいかどうかなんて関係ない。ただヤリたいからヤる。それだけさ」
「やめて、増田さん。あなたは──」
「やめない」
増田は用意してきたビニールテープで彼女の両腕を縛った。
香澄は悲しげな顔をしただけで抵抗はしなかった。この期に及んでもまだ彼のことを信用しているのだろうか。
だとすればやはりお嬢様だといわざるを得ない。人を信じる心、といえば聞こえがいいが、要は甘ったれているのだ。
と、増田の気持ちを呼んだかのように、香澄が突然顔を上げた。
「やめなさい。これ以上続けるなら、こちらもそれなりの手段をとりますよ」
決意を固めたかような表情。体を縛られてようやく警戒心が目覚めたのか。
増田は若干ひるみながらも、表面上は平気な顔をして見せた。
「ふん、それなりの手段?」
「け、警察に……訴えます」
「そういう態度を取るんだ? まだ自分の立場が分かってないようだねぇ」
携帯電話を取り出し、ボタンを押した。
──あっ……香澄、イッちゃう……! 気持ちいいです、先生……あ、駄目、イクうっ!
香澄が絶頂に達したときの声が大音響で響き渡る。
『断罪天使』から送られてきた脅迫用のネタには、援助交際の写真だけではなく、声のデータも添付されていたのだ。
「どう、これ? 最高のBGMでしょ」
「や、やめて……」
「やめてほしい?」
「え、ええ……お願いよ、増田さん。こんなもの聞きたくないわ」
「初体験で派手にイッちゃったのが、そんなに恥ずかしいのかな。色っぽいじゃない」
「お願い……」
「そんなにやめてほしいんなら──」
増田はズボンとブリーフを脱いで、肉棒をむき出した。香澄がひっと短く息を飲む。若々しい勃起はたちまち鎌首をもたげた。
「うふふ、まずはしゃぶってもらおうかな」
『脅迫ネタお届けします2』の連載はここで終了です。
続きをご希望の場合は、今後発売予定の電子書籍にてお楽しみください。
なお電子書籍には、本編のほかにおまけ小説として『音霧咲夜の脅迫営業(仮題)』を同梱する予定です。
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