〜相川早苗&坂下亜矢香編〜



第一回



        *


 真崎花凛(まさき・かりん)の行動半径は極端に短い。
 基本的に彼女は引きこもりの生活を送っている。学校も登校拒否気味だし、彼女の世界はもっぱらインターネットを通じて、外へと広がっていた。
「増田さんはこれで脅迫ネタを四つまで使ったんですわね」
 彼女自身が管理人を務めるサイト『断罪天使』を見ながら、花凛がつぶやく。
 明滅するパソコンの画面が、幼い容姿を照らし出していた。色素の薄い栗色の髪の毛をシニョンにした、可憐な少女だった。黒目がちのつぶらな瞳。中学三年生という実年齢以上に幼さを感じさせる、なだらかな体のライン。
「脅迫ネタの提供サービスは残り二回……」
 そして六度のサービス期間が終わったら、彼にはひとつの決断をしてもらわなければならない。
「あと二人はどのような女性を選ぶのかしら。楽しみですわね」
 花凛が唇をぺロリ、と舐める。


 ──こん。こん、こん。こん、こん、こん、こん、こん。


 そのとき、ドアがノックされた。
 ノックの回数は一回、二回、そして五回の組み合わせ。『彼女』と花凛の間の合言葉のようなものだ。
「お姉さま、今開けますわ」
 花凛は三重にかかった部屋の鍵を解除し、ドアを開けた。
 両親に対してすら開かないドアだが、限られた人間に対してだけは、彼女はこの扉を開くことにしている。
「こんにちは、花凛ちゃん」
 白と紺の、古風なセーラー服姿の少女がドアの向こうに立っていた。神秘的な美貌とは裏腹に親しげな笑みを浮かべ、花凛をまっすぐに見つめている。
 まるで陽だまりの中にいるような暖かな笑顔──
 花凛の、大好きな笑顔だった。
「ようこそ、お姉さま」
 家族にも見せない安らいだ顔で、花凛は彼女を迎え入れる。もちろん彼女と花凛は実の姉妹ではない。『お姉さま』という呼び方は、花凛なりの親しみの証だ。
「うわー、あいかわらず散らかってるね」
 足元まで届く艶やかな黒髪をひるがえし、美少女が部屋に入ってくる。
 彼女の名前は佐伯姫菜(さえき・ひめな)。隣町の高校に通う三年生。
 そして彼女は高校生と言う表の顔とは別の顔も持っている。IQ180の頭脳を生かし、警察ですら解決できない事件を解き明かす高校生探偵──
 姫菜とはとある事件を通じて知り合った。以来、花凛はその情報収集能力を活かし、姫菜の犯罪捜査に手を貸している。
 といっても花凛自身は、正義感など縁のない性格だ。彼女に手を貸すのは、あくまでも佐伯姫菜という少女を気に入ってのことだった。
 花凛はふと増田冬彦のことを思った。
 正義のために真実を求めるものと。欲望のために情報を操るものと。
 二人は、まるで光と影──
 増田の脅迫行為を知ったら、姫菜はどんな反応を示すだろうか。潔癖症で正義感の強い姫菜なら、きっと彼を追いかけるだろう。
「まあ、そうなったらそうなったで面白いかもしれませんわね。正義の美少女探偵VSデブオタの脅迫魔、というのも──」
 もっとも増田対姫菜では勝負は見えている。佐伯姫菜の追跡からは、誰も逃れられないのだから。
「さっきから何をブツブツ言ってるの」
「楽しみですわ、うふふ」
「ヘンな花凛ちゃん」
 漆黒のストレートヘアをなびかせ、姫菜が首をかしげた。


        *


 坂下亜矢香(さかした・あやか)は明倫館大学医学部付属病院に勤務する二十八歳の内科医だ。
 アイシャドーが妖艶に映える美貌は、医者というよりも水商売の女のように派手な顔だちだった。
 体つきもグラマーで、豊かな双丘が清潔な白衣の胸元をダイナミックに押し上げている。ほどよく脂の乗った悩殺的な太腿が、裾からちらりとのぞく。
 大学病院内はいつものごとく、大勢の医者や患者でごった返していた。
 あちらこちらで患者が行き交い、その間を縫うようにして医者や看護師が忙しそうに歩いている。
 と、その中で点滴用の器具を運んでいる看護師が目に入った。
 いかにもドン臭そうな、とろとろとした仕草。緩慢な仕事ぶりに、亜矢香の眉が険しく寄った。
「ほら、そこボサッとしない! 患者は次から次へとやって来るんだからね!」
「す、すみません……」
 亜矢香に怒鳴られた看護師が、卑屈なほど頭を下げる。
 まだ若い看護師だった。栗色がかった髪をストレートロングにしている。小柄でスレンダーな体型と、それに反して豊かなバスト。そんな体型にピンクのナース服がよく似合っていた。
 たしか今年入ったばかりの看護師で、名前は相川早苗(あいかわ・さなえ)といったはずだ。年齢は亜矢香より六つも若い二十二歳。
 優しげで柔和な顔だちに垂れ目がちの瞳は、どこかジュニアアイドルを髣髴とさせる。愛らしいルックスのおかげで、早くもこの病院の患者たちにとってのアイドル的な存在と化しているらしい。
 亜矢香の、癇に障るタイプだった。
「教授選挙も近いっていうのに──くだらないミスなんてしないでよ。万が一医療事故なんてことにでもなったら……」
 笑えない冗談だ。特に最近は医療事故に敏感な時勢で、系列病院でも一度医療ミスで新聞沙汰になっていた。
「はわわわ……ご、ごめんなさぁい」
 ふわふわとした口調で平謝りする早苗を一瞥し、
「あたしを苛立たせないで」
 ふん、と亜矢香は鼻を鳴らした。
 そう、明倫館大学医学部付属病院では、次期教授の選挙が近づいている。
 愛人関係にある岡本が出世すれば、彼の片腕である亜矢香も自動的に出世することになる。
「助教授も近いわね、ふふ」
 濃いルージュを引いた唇が、笑みの形に弧を描いた。
「……っと、そろそろ時間ね」
 亜矢香は院内の時計を見上げた。
 今日は岡本と外で会う約束をしている。もちろん、ただ会うだけではない。
 大人の関係、というやつだ。
 それは単なる恋愛感情ではない。
 打算や欲望、人間関係の妙……といったものが重なった上での関係だった。この病院の人事については、医局の長である教授が実質的人事権を持っている。
 次期教授最有力の彼と一緒にいれば、おのずと自分も病院内でのし上がっていける、という打算がある。
 亜矢香は上昇志向が強かった。
 女だからといって、男よりも下に見られるのが我慢ならない。いずれは岡本をも蹴落とし、自分が教授になるつもりだ。そのためにあらゆる手段を講じる。女の肉体を武器に使うことも辞さない。
 ──それが坂下亜矢香という女性だった。
 と、そのとき、亜矢香の元に急患の知らせが入った。
 アイドルコンサートの最中に日射病で倒れたのだという。
 病室に入ると、白いベッドに肥満体の青年が横たわっていた。どうやら意識はあるらしく、虚ろな目が彼女を見る。
「熱射病……?」
「大変だったんだよ。増田氏、突然倒れるからー」
「おかげでコンサートの後半が全然見れなかったけどね……でも、大したことがなくて本当によかった」
 肥満体の青年は、どうやら増田というらしい。友人らしき二人が心配そうに声をかけている。
「音霧咲夜(おとぎり・さくや)のコンサートなんて半年振りだったのにな」
「あーあ、徹夜で並んだのに台無しじゃん」
「ごめんごめん」
 増田は決まり悪げに謝っている。
「その様子なら、大したことはなさそうね」
 亜矢香はため息まじりに言った。話の流れからすると音霧咲夜というのがアイドルの名前なのだろうが、あいにく彼女は芸能人になど何の興味もない。
「うお、すごい美人……!」
 増田が彼女を見て目を丸くする。はぁはぁと息を荒げ、血走った目が亜矢香のグラマラスな全身を視姦した。
 いかにもモテなさそうなデブのブ男だ。きっと童貞に違いない。
(私の体を目に焼き付けて、夜のオカズにでもするつもりかしら。気持ち悪い)
 亜矢香は心の中で辟易する。
 白衣越しにでもはっきりと分かる官能的なプロポーションのおかげで、患者からのこういった反応には慣れていた。
 が、ここまで露骨に目を輝かせる男も珍しい。
「目が覚めたのなら、さっさと起き上がってくれるかしら。ここはホテルじゃないのよ」
 まあ、見たいなら見ればいいけど、と大人の女の余裕をにじませつつも、亜矢香は増田に釘をさした。
「次がつかえてるんだから、さっさとして」
 医者に暇な時間などない。もっと重い病状の患者だってたくさんいるのだ。
「そんな言い方……」
 増田が、さすがに憮然とした様子を見せる。
 亜矢香は彼と唇が触れ合うほど顔を近づけ、まっすぐに瞳をのぞきこんだ。
「う……」
 彼の表情が固まった。明らかにどぎまぎと動揺しているのが見て取れる。いかにも童貞臭い反応に、ふん、と鼻で笑い、亜矢香は強気に告げた。
「もう一度言いましょうか。病院はホテルじゃないわ」
「だって僕、病人だし……」
「大したことはない、ってさっき診断してあげたでしょ。もう帰っていいわよ」
 腰に手を当て、高慢な口調で断言した。
(まったく、これだから大学生のガキは……)
 子供っぽい男は見ているだけで苛々する。


        *


 増田たち三人は追い立てられるように病室を出た。
「なんだい、あの態度」
 三人は廊下を歩きながら、口々に文句を言い立てる。
「でも、すごい美人」
「女医さんだもんなぁ。萌える……」
「白衣の上からでも、スタイル抜群って分かるよねぇ」
 増田の瞳の奥で、強烈な光がまたたく。
 理不尽に病室を追い立てられたことには腹が立ったが、それ以上に彼女のスタイルの良さに圧倒されていた。
「ああいう女とヤれたらなぁ」
「無理無理」
「僕らは三次元の女など相手にしない。僕らの恋人は二次元にいるよ、増田氏」
「帰ってエロゲーでもやろうよ」
「そうそう」
(そーでもないんだよね、今の僕の場合)
 増田は心の中で舌を出した。
(調子に乗ってる女医さんには、きっつーいお仕置きが必要だよねぇ、うふふふ)
 豊満な胸元をのぞきこんだとき、ネームプレートに『坂下亜矢香』とあったのを思い出す。
(亜矢香先生、か。うふふふふ)
 と──ナースキャップをかぶった女性とすれ違う。儚げでスレンダーな体型だが、それに反比例して胸元は豊かに膨らんでいる。
「あれ」
 増田は目をしばたかせた。
「早苗ちゃん……?」
「もしかして冬彦くん?」
 彼女がきょとん、とした顔で振り返る。
 十年ぶりの、再会だった。
 彼女の名前は相川早苗──
 いわゆる幼なじみだ。
 子供のころ、家が隣同士だったために仲良くしていた女性だった。
 中学になるころ、彼女が親の仕事の都合で引っ越してしまったので、それっきり会っていなかったが。
「相川さん、なにをサボッてるの!」
「きゃーすいません、」
 他の看護師に注意されて、早苗が慌てふためく。その拍子に運んでいた薬ビンが手からこぼれ落ちた。がらがらがら、と盛大な音を立てて、大量の薬ビンが床にぶちまけられる。盛大な音と共にガラス容器が砕け、破片が床に散らばった。
「はわわわわ〜っ」
 可愛らしい悲鳴が廊下に鳴り響く。看護師長らしき年配の女性が走り寄ってきた。
「もう、あなたという人はいつもいつも……!」
 怒りで顔を真っ赤にした看護師長はなかなかの迫力だ。今にも頭から湯気を出しそうなほどの怒気に、早苗はすっかり縮こまっている。
「すみませんごめんなさいすみませんごめんなさい」
「毎日毎日失敗ばかりして!」
「すみませんごめんなさいすみませんごめんなさい」
「薬だってタダじゃないのよ」
「すみませんごめんなさいすみませんごめんなさい」
 早苗は謝りぱなしだ。怒り心頭の看護師長にくどくどと怒られている。何度も頭を下げるたびに、豊かなバストがぷるんっと揺れる。
「おおっ!」
 期せずして増田たち三人組の声が調和した。
「ドジっ娘ナースか、萌える〜」
(そういえばドジなところがあったもんな、早苗ちゃんって)
 増田は幼いころの彼女を思い出す。
 そういうところは変わっていない。
 もっとも──外見は随分と変わったが。
(ホント、大人になったよねぇ)
 じゅるり、と涎が垂れ落ちる。
 スレンダーな体型ながらキュッと締まったヒップが魅惑的だ。小柄な体に反比例して豊かな胸が、形よくツンと張っているのがナース服越しに分かる。
(まとめて……ヤッちゃおうかな)





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