第3回
*
胸の鼓動がどうしようもなく高鳴るのを、抑えきれない。
どくん、どくん、どくん……
そんな激しいビートが体内を突き破りそうに思えた。
河島誠(かわしま・まこと)にとって、ようやくやって来た夏休みだった。
大学に入ってはじめての夏休み。
高校時代までと比べて、一ヶ月近く長い休暇だ。
誠はこのときのために、春からアルバイトに励んでいた。福井から東京までの往復交通費はもちろんのこと、一週間の滞在に必要な生活費、遊興費まで……
大学一年生の誠にとって、授業との両立はそれなりに大変だったが、その後のご褒美のことを思えば、苦労も何ほどのことではなかった。
なんといっても、夏休みには最愛の恋人と再会できるのだ。
「よしっ!」
熱い息を吐き出し、誠はあらためて気合を入れなおした。
今日のために──
朋美と会うための準備は万端に整えてきた。
待ち合わせは都内の駅前だった。郷里とは比べ物にならないほどの数の通行人でごった返している。
「朋美ちゃん、どこかな」
誠はあたりをキョロキョロと見回し、愛しい恋人の姿を探す。
そのとき人込みを掻き分けるようにして、一人の娘が姿を現す。
十九歳、という少女とも女とも表現しかねる、微妙な年ごろの、美しい娘が。
誠の顔がぱっと輝いた。
「久しぶりだね、朋美ちゃん」
本当に久しぶりに会う朋美は、一段と綺麗になっていた。
高校時代も可憐だったが、大学生になりさらに大人っぽい色香が付加されたように思える。
これでは朋美と同じ大学の男たちが放っておかないのではないだろうか。
美しく垢抜けた恋人を目にして、誠はそんな不安に駆られた。
「ええ、久しぶり」
朋美はにっこりと笑った。
高校時代そのままの、花のような笑顔。垢抜けたとはいえ、こういう素朴でいて純朴な雰囲気は変わっていない。
「今日はどこに行こうか、朋美ちゃん」
「そうね……」
朋美は考え込むような仕草を見せた。
「観光スポットよりも、下町の叙情的な風景を楽しむほうが好きかな。誠くんは?」「僕もそれでいいよ。あんまり人がたくさんいるようなところだと、疲れるしね」
二人は互いに顔を見合わせて、笑いあった。
二人の郷里である福井と比べると、東京はあまりにも人が多い。
遠距離恋愛の中、せっかく二人きりで会っている貴重な時間を、そんな疲れる場所で過ごすのは御免だった。
朋美の下宿先からほどなくして、昔ながらの街並みが並ぶ下町へと行き着いた。都内の中心部のような華やかさには欠けるが、のんびりと落ち着いた雰囲気の通りを歩いていく。
こんな風にデートをするのは久しぶりだった。
誠の胸に、ここ数週間の間、忘れていた安らぎや癒しがよみがえってくる。
特別なイベントは必要なかった。
ただ楽しげに微笑む、最愛の恋人が傍にいてくれるだけで、誠は十分だ。
そしてそれは、おそらく朋美も同じだろう。
二人は和やかな視線を交わし、ふたたび微笑み合う。
と、
「あ……ううっ」
急に、朋美がおかしな声をあげた。
びくん、と体をのけぞらせ、その場にしゃがみこむ。
「んっ……はぁん……」
唇をわずかに開き、何度か息をつく。唇の隙間からピンク色の舌先がのぞいていた。
清楚な朋美らしからぬ、エロチックな表情だ。
ハアハアと疲れたような吐息をこぼし、朋美は弱々しく立ち上がった。
「ど、どうかしたの、朋美ちゃん」
気分でも悪いのだろうか。
誠が心配になって声をかけると、
彼女の表情は妙に赤らんでいた。立ち上がったとはいえ、足もとがおぼつかない様子だ。
「あ、いえ、なんでも……」
朋美は首を左右に振って、そう言った。
だがどう見ても、なんでもないようには見えない。
顔は真っ赤だし、呼吸も不自然なほど荒い。
「あたし、ちょっとトイレに──」
朋美は相変わらず紅潮した顔のまま、トイレへと姿を消す。
体調でも悪いのかな、と誠は心配になった。
*
「店長ったら……よりにもよって誠くんと会うのに、こんな……」
女性用トイレの個室に入り、朋美はようやく一息をついた。
ショーツを下ろすと、すでに愛蜜でぐっしょりと濡れている。秘唇を左右に割って、野太い器具が埋め込まれていた。
今日、誠に会うことを話すと、
「これを付けていきなさい」
と、バイブレーターを渡されたのだ。
もちろん、朋美に拒否権などない。
自分が身も心も店長のものにされてしまった気がして、朋美は切ないため息をこぼした。
「はっ、あうっ……」
今も便座に座りながら、少し動くだけで、バイブレーターの振動が腰の奥にまで響き渡る。
北野に幾度となく抱かれ、北野によって開発されてしまった女体だ。本人の意志とはなかば無関係に、機械的な刺激にも反応してしまう。
せっかくの、久しぶりのデートだというのに──
朋美は哀しくてたまらなかったが、いつまでも彼を待たせるわけにはいかない。
「ああ……」
ふたたびバイブレーターが揺れ、性器の内側に衝撃が走る。
甘美な波が下肢を駆け抜ける。
熱い吐息をこぼし、朋美は便座から腰を上げた。ショーツを手早く履きなおし、重い気持ちでトイレの個室を出たのだった。
*
誠の緊張感は、刻一刻と高まっていく。
ちらり、と隣に視線を向けた。朋美も、もしかしたら同じ気持ちなのだろうか。
ほとんど下町めぐりに費やしたデートは、思った以上に楽しかった。やはり彼女が傍にいてくれると、それだけで安らげる。癒される。
誠にとっては苦労して東京まで出てきた甲斐があったというものだった。朋美も同じ喜びを感じてくれていればよいのだが……
「今日は楽しかったね」
朋美が、まるで彼の心を見透かしたように声をかける。
街灯の下で見る可憐な相貌は、穏やかな笑みを浮かべていた。ほのかに頬を上気させ、妙に艶っぽい。
「ありがとう、誠くん。あたしは大満足だよ。誠くんは……どうだった?」
「もちろん僕も」
誠は満面の笑みを浮かべた。
「高校時代みたいだったね。こうして二人で歩いて、しゃべって……それだけで十分に楽しい」
「でしょ? よかった、もしかしたら誠くんが退屈したんじゃないかって、心配だったの」
「退屈なわけないだろ。朋美ちゃんが一緒なんだから」
ストレートな気持ちをぶつけると、朋美は恥ずかしそうに頬を赤らめた。
談笑しながらなおも二人は歩いていく。通りにはネオンが増え、繁華街へと入っていく。
ここを抜ければ駅前だ。
あたりは、墨を流したような夜闇に包まれている。
すでに時刻は九時近かった。
さすがに今日のデートはお開きにすべき時間だろう。彼女をアパートまで送っていかなければならない。
「朋美ちゃん、そろそろ……」
「あたし」
帰ろう、と言いかけた誠の台詞を制し、朋美が口を開く。
「まだ帰りたくない」
どくん、と心音が跳ね上がった。
急激に血が昇り、顔が、胸が、そして全身の体温が一気に上昇する。
まだ帰りたくない──
先ほどの言葉が脳内で幾重にも反響していた。
どくん、どくん、どくん、どくっ……
高まる鼓動は内側から胸を突き破らんばかりだった。
二人は見つめあう。
息が詰まるような緊張感。
心が甘酸っぱく疼くような爽快感。
恋人同士の、視線の語らい。
二人にもはや言葉は必要なかった。
これからの時間に、言葉など必要なかった。
二十分後──
ラブホテルの一室で、二人は向かい合っていた。
すでに、互いに全裸だ。
母親を除けば、異性の前で自分の裸身を露出するのは初めてだった。充血し、パンパンに勃起した肉茎には、すでにスキンが装着されている。
もしかしたら、今日のデートでこういう展開があるかもしれないと思い、死ぬほど恥ずかしい思いをして薬局で買ったのだ。初心な誠は、買うときに、レジの女店員の顔をまともに見られなかった。
だが買っておいてよかった、と心から思う。
いくら愛し合っている恋人同士とはいえ、さすがにナマで挿入するわけには行かない。
初めて見る朋美の裸は、例えようもなく美しかった。
女らしいカーブを描く肢体はどこまでも白く、ダイナミックに膨らんだ二つの乳房がまろやかに揺れる。
くびれた腰や豊かに張った臀部は、普段の清純な朋美からは考えられないほどの色香を漂わせていた。
「い、いくよ……」
興奮でどもり、声がかすれる。
緊張のあまり四肢に力が入らなかった。ガクガクと震える手で朋美に触れ、ベッドに押し倒す。
正面から抱き合う格好になり、互いの腰が触れ合った。
ぴちゃっ……
勃起しきったペニスの表面に、彼女の股間が当たる。ヌルヌルとした感触は、十分に漏出した愛液だ。
(朋美ちゃん、濡れてるんだ……)
喜びと感動の入り混じった気持ちで、誠は表情を緩めた。たちまちどう猛な獣欲が下腹を突き動かす。
「来て……」
朋美が──最愛の恋人が、かすれた声で懇願した。
誠は勢いよくうなずく。
痛いほどに膨らんだ亀頭部を、朋美の股間に押し当てた。
ぬるり、と湿った感触がした。
やっぱり、濡れている。
自分の愛撫で、彼女が興奮してくれている。
そのことが誠に男としての自信を与えてくれた。
少し窪んでいる部分にあてがい、グッと腰を進める。が、堅い感触がするばかりでペニスが入っていかない。
(ど、どうして……?)
相手が処女だからだろうか。簡単にするりと挿入できるのだとばかり思っていた誠は、面食らってしまう。
「そこじゃないよ、誠くん。もうちょっと下」
朋美のほうは落ち着いた様子で、誠のペニスに手を伸ばす。手を添えて、場所をずらしてくれた。
「朋美ちゃん……」
「そのままゆっくり前に進んで。たぶん入ると思うから……」
暗がりでよく分からないが、朋美の顔は紅潮しているようだ。息も弾んでいる。
普段は可憐でオクテな処女が、恋人との初体験を前にして気分を昂ぶらせているのだろう。
考えただけで、誠の欲情は限界値を突破する。
「うおおおっ……挿れるよ、朋美ちゃん!」
雄々しく叫んで、誠はふたたび腰を押し進めた。早くひとつになりたくてたまらなかった。
正直言って、童貞の誠には肉茎を挿入するための膣穴がどこにあるのかもよく分からない。
がむしゃらに腰を押し出し、インサートしようとする。
が、それでも入らない。
次第に焦燥感が込み上げる。
「落ち着いて、誠くん。大丈夫だから」
朋美が子供を諭すような調子で言った。
しなやかな指先を誠の肉棒に絡ませ、再度、場所を修正する。そのまま自分の腰に差し入れるようにして、朋美が誠のペニスを引き寄せた。
ぐちゅっ……
男根の先端部が、熱く、湿った感触に包まれる。
「う、ああっ……!」
誠は思わず天を仰いだ。
自分の肉体の一部が、他人の体の中に入っていく感触は、感動の一言だった。ましてやその相手が、この世でもっとも愛おしい恋人なのだ。
感激に打ち震えながら、少しずつ、少しずつ、誠は己の分身を押し込んでいく。
すでに朋美の補助は必要なかった。
ぬるりとした膣孔にはまりこんだペニスは、後は自然な流れで根元まで埋まりこんだ。
「入った……入ったよ、朋美ちゃん!」
誠は何度も叫んだ。
とうとう朋美とひとつになれたことが、嬉しくてたまらない。
ふと彼女を見下ろすと、朋美の表情はどことなく暗かった。
「朋美ちゃん……?」
「えっ? あ、そ、そうだね。あたしも、誠くんとこういう風になれて、嬉しい」
はにかんだように微笑む。
だが、それはどこか陰のある微笑だった。
……いったいどうしたのだろう?
誠は不信感を覚え、朋美を見つめる。
彼女は処女のはずだ。もしかしたら初めての挿入で痛いのかもしれない。
「大丈夫、朋美ちゃん。もしかして、痛い?」
「痛くないよ。全然」
予想に反して、朋美はにっこりと笑った。
「誠くんの、大きくて気持ちいい……」
むしろあっけらかんとした口調で、大胆な感想を口にする。
(意外とエッチなんだな、朋美ちゃんって)
誠は新たな興奮が込み上げるのを感じた。
とはいえ、心の片隅には疑念が残る。
処女とは挿入すると痛がるものだ、というイメージがあった。だが朋美は痛がる素振りを見せない。
まさか非処女だとは思いたくなかった。
朋美にとって、誠は初めてできた彼氏だと聞いていた。ならば当然、処女のはずだった。
「どうしたの、誠くん。黙り込んで」
「いや……その……」
口ごもりながらも、ついたずねてしまう。
「ねえ本当に痛くないの? 普通、こういうときって痛いんじゃないの?」
「えっ……」
朋美が言葉を詰まらせた。
ますます顔色を青くする。
「まさか朋美ちゃん、非処女ってことはないよね。ちゃんとバージンだよね」
誠はたたみかけるように疑問を投げかけた。
まさか。
朋美がすでに男を知っているはずがない。
まさか。
目の前にいる清らかな女性が、すでに純潔を失っているわけがない。
まさか。
朋美ちゃんが──
僕以外の男と、すでに初体験を済ませている……!?
不吉な、そして決してあってはならない想像をしてしまい、誠の心は激しく動揺する。
「僕のために、ちゃんと処女を取っておいてくれたんだよね? 答えて!」
思わず怒鳴りつけてしまった。
朋美からの返事はない。
気まずい沈黙が、二人の間で流れた。
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