第二回



        *



 ……チャットモードを終えると、『断罪天使』の管理人・真崎花凛はふう、とため息をついた。
 増田は、断罪天使の正会員になってくれるだろうか。
 自問自答してみる。
 正会員にさえなれば、脅迫ネタなど使い放題だ。彼は今まで以上に、花凛を楽しませてくれるだろう。
 増田の今までの行動パターンからして、彼女の誘いを断るとは思えない。
 だが──万が一ということもある。
 所詮、もともとは小心者のデブオタだったのだ。
 与えられた『力』の巨大さに耐えられないかもしれない。土壇場になって怯えだすかもしれない。
 予防線を張っておく必要があった。たとえ増田がリタイアしたとしても、花凛が引き続き楽しめるように……
「こんな面白いゲームをあっさりと終わりにしてしまっては勿体ないですからね。楽しいゲームは仕込みが肝心ですわ」
 花凛は微笑みまじりに一通の電子メールを作成し……送付する。
 断罪天使への、招待状を。
「面白ければいいんですの。私にとって面白ければそれで──」
 可憐な唇に無邪気な笑みが深まった。
 天使でもなく、悪魔でもない。
 ただ純粋な好奇に彩られた笑み。


 ──メールの宛先は『加賀美圭一』となっていた。



        *



 数日後。明倫館大学のキャンパスで、近藤美咲は増田に呼び出されていた。
 活動的なポニーテールがよく似合う娘だった。ツリ目気味の瞳がいかにも勝気な印象を与える美貌。
 服装は肌の露出が極端に多いタイプのものだ。美咲は自分のスタイルに自信を持っているため、こういったファッションを好む。豊満な胸の谷間やなまめかしい脚線美が惜しげもなくさらしていた。
 彼女と増田はクラスメートだ。と、いっても特別仲がいいわけでもなんでもないが。
 ──ただし、彼とは特別な関係になったことが一度だけある。
 彼は卑劣にも、トイレの盗撮映像をネタに美咲を脅してきたのだ。口封じのために、彼女は一度だけ増田と寝た。
 屈辱の一夜──
 だが彼から首尾よく脅迫ネタを奪い返し、その後は平穏な生活が続いていた。そう、今日までは。
「この写真は──」
 美咲の手には、増田から手渡された一枚の写真がある。
 薄暗くてはっきりとは見えないが、大学内のトイレのようだ。便器の前でかがみこんでいる女性の姿が映っている。
 ただし画像は首から下までで、肝心の顔は映っていなかった。
「どうして……」
 愕然とうめく。トイレの盗撮画像は、あの時たしかに消去したはずだ。
「隠し撮りの写真は他にも残ってたんだよ」
 目の前で丸々と太った青年──増田がにやりと笑った。
「あんた……!」
 美咲の瞳が怒りの炎を宿す。
「何で、こんな写真を! あたしとの約束を破ったのね」
 ポニーテールを振り乱し、彼につかみかかった。
 許せない。
 盗撮など、もっとも卑劣な犯罪だ。
 それを平然と繰り返す増田が、どうしても許せない。
「僕を殴ったって、何も解決しないよ」
 増田がうそぶいた。
 気弱なデブオタの面影は最早どこにもない。一人の脅迫者が、そこにいた。
「か、顔が写ってないわよ。これじゃ。あたしかどうか分からないわね」
「ニセモノかもしれない、ってこと?」
「……そうよ」
「まあ、信じる信じないは君の自由だね」
 増田がニヤリとした。
「君の言うとおり、僕は盗撮写真を持っていないのかもしれない。君が目にしているのは、ネットから適当に拾ってきたアダルト映像なのかもしれない。だけど──」
 濁った瞳に強烈な光が灯った。
「そうじゃないかもしれない」
「…………」
「僕は好きなときに、好きなようにこの映像をネットに流すことができるよ。君の言うようにニセモノの写真なら、君は痛くもかゆくもないかもしれない。
 だけど本物だったら?」
「…………」
「うふふ、不安になってきたかな?」
「あんた……」
 美咲はごくり、と息を飲んだ。
 いつの間にか、彼のペースに引き込まれている。
 これでは駄目だ。そう思いながらも、言葉が上手く出てこない。
「君にその真偽は分からない。真実を知っているのは僕だけだからね」
 増田が続ける。
「ただ──君は知ってるはずだよね。前に僕が、君の盗撮写真を持っていたことを。もう一度同じように盗撮したのだとしたら?」
「っ……!」
 美咲が言葉を詰まらせる。
「僕にはそれだけの技術がある。女子トイレの盗撮なんて造作もないことなんだ」
「クズよ……あんたは人間のクズ!」
「褒め言葉、かな。今の僕にとっては」
 美咲の罵倒も彼には届かない。
 揺るがない。
 崩れない。
 ただ傲然と、彼女の前に立ちはだかる。
「ゆっくり話をしようよ。二人の今後について」
 増田が指定した場所は、市内のはずれにあるラブホテルだった。
 もちろんそんな場所で、ただの『話』だけで終わるはずもない。
 美咲は……力なくうなずいた。



        *



 ホテルに入るなり、増田は単刀直入に用件を口にした。
「とりあえずフェラチオから始めてもらおうかな」
「……話をするんじゃなかったの」
「あれ、話し合いで解決するとでも思ってたの?」
 増田が小馬鹿にしたような口調で言い返す。美咲は頭にカッと血が上るのを感じた。
「まず君の可愛いお口で一発抜いておきたいし」
「……あんたの汚いモノをしゃぶれっていうの? せめてシャワーくらい浴びてきなさいよ」
「やだなー、このままだからいいんじゃない。汗臭い僕のチ○ポを君の口で清めてよ。ね?」
「…………!」
 美咲の両肩が屈辱で小刻みに震える。
 増田がロクに洗濯もしていなさそうなジーンズを脱ぎ捨てた。
 ぶよぶよと弛んだ腹。その下にグロテスクなペニスがぶら下がっている。均整の取れた恋人の肢体とは大違いだった。
 増田は偉そうに腕組みをすると、下腹部を美咲に向かって突き出した。
 美咲は唇を強くかみしめ、彼をにらみつける。
「反抗的な目だねぇ。自分の立場がホントに分かってる?」
「…………」
「それとも警察にでも訴える? 脅迫罪で僕は逮捕されるかもしれないねー」
 増田があっけらかんと笑う。
「ただし、そんなことになったら報復として君の写真を全世界にばら撒くからね。ただではやられない。君も道連れだ」
「身の破滅が怖くないっていうの」
「相手を脅すってことは度胸試しだからね。僕はもう……気弱だった、あのときの僕とは違う」
 あのときの僕──それは、美咲との初体験のときのことを指しているのだろう。
 以前に増田と寝たとき、彼は童貞だった。気弱なデブオタそのものだった。そして美咲のひと睨みであっさりと気圧され、脅迫ネタを取り返すことができた。


 だが今の彼は違う。


 美咲の怒りに正面から立ち向かうだけの強さがある。
 誰を相手にしても気圧されない──
 揺るぎない心の強さが。
 今の増田には、逆らえない……
 美咲は、目の前が暗くなるような気分とともに屈服する。
 もう一度唇をかみ締めると、増田の前に跪いた。
 まるで奴隷のようにデブ男の前に両膝を屈した瞬間、敗北感で意識の奥がカッと灼熱した。
 悔しい。
 悔しい。
 悔しい。
 こんな男の前に跪くなど──唇で醜いものに奉仕するなど、屈辱以外の何物でもない。たとえ恋人が相手でも、こんなふうに自分から膝をついて奉仕することなどない。
(どうして、こんなヤツにこのあたしが! こんなヤツに!)
 理不尽さで、瞳に薄く涙がにじんだ。
「ほらほら、どうしたの。動きが止まってるよぉ」
 増田が嘲弄する。
 美咲はゆっくりと彼の股間に顔を近づけた。
 セックス経験はもちろん、フェラチオの経験もないわけではない。が、美咲は男性器官に口で奉仕するという行為自体が好きではなかった。
 まるで男に屈服したようで、屈辱を感じてしまう。
 だが今は文句を言える状況ではない。意を決して、亀頭部に軽く口づけする。
「んっ」
 震える唇が、ゆっくりと肉茎を飲み込んだ。先端部にチロチロと舌を這わせつつ、頬をすぼめて茎の部分をしごいていく。


 じゅぽ、じゅぽっ……


 卑猥な、湿った音が室内に響いた。
「うう……結構上手いじゃない」
 増田の顔がだらしなく緩んだ。
 たちまち息遣いが荒くなり、左右の鼻の穴が膨らんでますます醜い顔になる。
 そんな醜悪な男の前にかしずき、ペニスに奉仕しているという事実が、勝気な女子大生の背筋を熱くした。
(絶対、許さないから!)
 恨みを胸に秘めながらも、これまでの男性経験で身についたテクニックは自然と発揮され、タイミングよく唇を窄めて増田の欲望器官を刺激していく。


 じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ……


 上目遣いに彼をにらみつけながら、美咲は一心にフェラチオを続ける。増田は調子に乗ったのか、美咲の自慢であるポニーテールをつかみ、強引に腰を振ってきた。口を性器に見立てたイラマチオだ。
「んぶっ!」
 喉の奥を亀頭に直撃されて、美咲の表情が歪んだ。息が、詰まる。
 だがそれ以上に、彼の奴隷にでもされてしまったようでたまらなく不愉快だった。太った腹を揺らし、増田が口の中に肉棒を出入りさせる。
「うう、出そう……!」
 彼の顔が醜く歪んだ。
(ま、待って、出さないで)
 美咲の顔がこわばる。こんな下衆な男の精液を口の中に吐き出されるなど、とても許容できない。
 慌てて顔を離そうとするが、彼がエクスタシーに到達するほうが一瞬早かった。
「出すよ!」
 増田は彼女のポニーテールをつかんだまま、腰をぶるぶると震わせる。髪をつかまれているせいで美咲は逃げられなかった。


 どくっ、どくっ!


 口の中で野太いペニスが元気よく脈打つ。その直後、生臭い味が口の中いっぱいに広がった。
「んぐっ……ごほ」
 どろりとしたザーメンが口内から喉の奥にまでほとばしり、美咲は激しくむせた。
 増田の射精は長かった。
 ようやくペニスが引き抜かれると、飲み干せなかった精液が唇の端からあふれ、どろり……と垂れ落ちる。
「はあ、はあ、はあ……」
 その場にうずくまったまま、美咲は必死で唇をぬぐった。



        *



 ラブホテルの一室にむっとするような性臭がたちこめる。薄暗い照明の下で、近藤美咲は床にうずくまっていた。
「はあ、はあ、はあ……」
 荒い息とともに、口の端から白い精液を吐き出す。増田にフェラチオを強要され、さらに口の中に汚らしいザーメンを注ぎ込まれたのだ。彼女の口内にはまだ生臭い感触が残っていた。
「無理やり口の中に出すなんてっ……最低ね、あんた」
 怒りを抑えきれずに、増田をにらみつける。
 犯されることを覚悟したとはいえ──やはり屈辱だった。
 当人はどこ吹く風、といった様子で薄笑いを浮かべている。
「うふふ、美味しかったでしょ、僕のザーメン。彼氏と比べてどうだった?」
「彼は……速水くんは、こんなことしないわよ」
 美咲の声が大きくなる。
 速水は、美咲の恋人だ。スマートで、思いやりがあって、ベッドの上ではあらんかぎりの技巧で美咲に悦びを与えてくれる。
 こんな下種とは比較するのも馬鹿らしい、自慢の恋人だった。
「無理やりフェラしたあげくに、あれを飲ませるなんて野蛮なこと──」
「そう怒らないでよ。お詫びにもっと気持ちよくさせてあげるから」
 増田は美咲へ、服を脱いで自分とともに浴室へ行くよう促した。
 ここまで来て断ることもできない。
 美咲は半ば自棄気味に服を脱ぎ捨てた。
 乳房はツンと上向き、見事な形を誇示している。まろみを帯びた腰から尻にかけてのラインは扇情的で、白い脚はしなやかだった。
 見事なまでの裸身をあらわにすると、増田の笑みが深まった。
「あいかわらずイイ体してるよねぇ。知ってる? 僕、君の裸を思い浮かべて、何度も何度もオナニーしてたんだよ」
(気持ち悪い……)
 喜々として語る増田を見ていると、気分が悪くなる。
「ま、今はエッチの相手にことかかないから、オナニーの回数も減ったけどね。真由に香澄さん、涼子さん。あと、早苗ちゃんに亜矢香先生……うふふ、選り取り見取りだね」
 涎を垂らさんばかりの顔で指を折る。
 彼が今言った女性たちとは、いずれも同じような手段で脅して、無理やり肉体関係を結んだに違いない。
(なんて卑劣なヤツ!)
 唾でも吐きかけてやりたい気分だ。
 だが今の美咲は無力だった。他の犠牲者たちと同様、ただ脅されて、ただ犯される。
 そんな無力な獲物──
「じゃあそろそろ入浴タイム、といこうかなぁ」
 増田も服を脱ぎ捨てて全裸になると、美咲を促して浴室に入った。浴室は広い造りで、ここで交わることも可能なようにマットが敷いてある。
「汗かいちゃったし、お互いに洗いっこしようか」
 増田がにやにやと彼女を見やった。
 ぶよぶよとした手が、美咲の体中にボディソープを塗りたくっていく。美咲も同様に、増田の太った体にボディソープを塗っていく。
 と、彼の指が美咲の秘唇に触れた。
「ここは特に念入りに洗わないとね」
 無遠慮に膣口周辺を撫で回し、肉芽をコリコリとつまむ。
「くっ……」
 敏感な部分を弄られて、美咲はかすかに眉を寄せた。ツンと張った双丘を揉みしだかれ、うなじから鎖骨にかけて、太い指が這っていく。すべすべとした太ももを撫でさすり、アヌスにまで指を差し込まれる。
「ち、ちょっと、そんなところまで……」
「洗いっこなんだから、体の隅々まで綺麗にしなくちゃね。ほら、美咲も僕の体を洗ってよ」
 増田が笑う。
「一番大事なところが、ゼンゼン綺麗になってないよー」
 そう言って、腰を突き出した。
 赤黒いペニスはすでに隆々とそそり立っている。
 美咲は不快げに眉をしかめ、そっと彼の分身に手を触れた。ここまできてカマトトぶっても仕方がないだろう。
 怒りをぶつけるように、肉茎の表面にボディソープを塗り、しごきたてていく。
「そうそう、念入りに洗ってよね。これから君の中に入るモノなんだから」
「くっ……あんたもいい加減、ヘンなところに触らないでよ」
「だから洗いっこだってば」
「調子に乗って……!」
 増田はぶよぶよとした体を擦り付け、乳房や性器、丸い腹からうなじにまで体中のあらゆる部分を撫で回してくる。美咲は思わず対抗心で、彼のペニスを強くしごく。互いの性器を互いに愛撫するような格好になった。
「んっ……あ、そこは……!」
 美咲の唇から甘い喘ぎが漏れた。憎い相手とはいえ、あらゆる快感のツボを責められ続けているのだ。淫らな『洗いっこ』の中で、次第に快楽のボルテージが高まっていく。
 ボディソープのぬるぬるとした感触が体中を包み、敏感な部分に塗りたくられた。自分の秘部が濡れているのか、それともボディソープのせいでぬめっているのかさえも分からなくなってくる。
「これだけ塗りたくれば、濡れていようといまいと関係ないね」
 増田が突然、美咲に覆いかぶさってきた。重量感のある体がぶつかり、美咲の全身を圧す。
「きゃっ……」
 突然のことに抵抗するタイミングがなかった。風呂場のマットに押し倒され、そのままのしかかられた。間髪いれずに増田の手が伸びてくる。
 あっと思う間もなく、すらりとした太ももを押し広げられた。デブ男とは思えない、電光石火の早業。なんて手馴れてるの──美咲は舌を巻く。
 次の瞬間、固い感触が濡れた膣孔にあてがわれた。





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