第四回
*
あたしが必ずあなたを護る──
親友の言葉に、咲夜は胸を熱くする。
「ありがとう、ヒメ。でも、わたし──」
言葉が詰まった。
(わたしに、本当に護ってもらう価値なんてあるのかしら)
自分の過去を振り返り、憂鬱な気分になる。
「ん、どうかした?」
「いいえ、なんでも」
訝しげな姫菜に対し、咲夜は微笑まじりに首を振った。
「何かあったら、あたしの携帯電話に連絡してね。すぐに駆けつけるから」
「ちょっと大げさじゃないかしら」
「脅されてるんでしょ」
「……冗談だってば。本気にしないでよ」
咲夜は微笑を続けながらも、友人の気遣いに感謝する。久しぶりの再会に心が緩んで、少し本音を吐きすぎたようだ。
(弱みを見せるのはここまでにしよう)
ふうっ、と息を吐き出し、咲夜は気持ちを切り替える。
「冗談? ひどい、あたし、本気で心配したのにっ」
「ごめんなさい。真に受けるとは思わなかったから」
「ひどいなー」
「ふふ、素直なところがヒメのいいところよね」
姫菜はまだぶつくさと文句を言っている。
「ところで、どう? 今日の衣装、かわいいでしょ」
咲夜がフリルつきの衣装を持ってきて見せた。
「いかにもアイドルって服だね。なんかフリルだらけだけど」
「こういうのもあるのよ」
咲夜がもう一着の衣装を取り出す。
姫菜が驚いたような顔をした。
チェック模様のスーツと鳥打帽。
典型的な『探偵スタイル』。
少女探偵である姫菜を──彼女の無二の親友をイメージして、特別に作ってもらったものだ。
「咲夜ちゃん、これって……」
「ふふ、今日のコンサートはあなたに捧げるわね」
にっこりと微笑む。
「……ありがとう」
姫菜の口元が嬉しそうにほころんだ。
──コンサートが始まるまで、あと五時間。
*
音霧咲夜のコンサートはいつもの三人組で向かうことになっている。待ち合わせ場所は明倫館大学の中央広場だった。すでに時刻は五時を回っており、人通りは少ない。
「増田じゃない」
通りかかったのは、二人組の美女だった。ポニーテールに勝気そうな美貌の娘と眼鏡をかけた真面目そうな娘。近藤美咲と篠原真由だ。
「こんなところで何やってるのよ」
「美咲、行こう」
真由が怯えたような顔で美咲の手を引っ張った。二人はともに、増田の脅迫によって体を許しているが、特に真由は何度も犯されている。彼女にとって増田は忌むべき相手でしかない。
「私、あんまりこの人に関わりたくないから……」
「そうね。こいつみたいなオタク丸出しのデブに関わってる暇はないわ。あたしたち……これからWデートってやつだし」
美咲がふん、と鼻を鳴らした。
「忙しいのよ、あたしたち」
「Wデートね。幸せそうなことで」
増田は皮肉っぽく笑った。
「そのオタク丸出し男に、この間思いっきりイカされたのは誰だったっけ?」
「なっ……あ、あれは!」
美咲が顔を真っ赤にして、言葉を詰まらせた。
「今度は3Pでもしよっか? ねえ、真由」
「わ、私は──」
美咲の隣で真由がうつむく。
「真由、あんたやっぱり……」
「美咲も、なのね」
真由が顔を伏せた。
「二人同時に、なんて楽しみだなぁ」
「なに勝手なこと言ってんのよ。あたしたちは同意してないわよ!」
「いいじゃない。どうせだから皆そろって気持ちよくなれば」
「調子に乗らないでよ……きゃっ!」
美咲の怒りの咆哮は、途中で悲鳴に変わった。増田の手が電光石火の勢いで彼女の股間に伸びたのだ。
完全な不意打ちだった。
太い指がジーンズ越しに、彼女の敏感な部分をまさぐる。強弱をつけて押し込み、何度も何度も擦りあげる。
美咲はポニーテールを振り乱して叫んだ。
「ち、ちょっとやめてよ」
「気持ちいいくせに」
「ふざけないで!」
勝気な美貌が紅潮している。だが彼女の息が弾んでいるのを、増田は見落とさなかった。なんだかんだ言っても、感じていないわけではないらしい。
「はいはい」
増田はさっさと手を引っ込めると、今度は真由に向かっていく。
「ひっ」
虚を突かれて動けない彼女の胸元に、素早く両手を突き出した。むにゅ、と豊かな乳房を揉みしだく。
「んっ……や、やめてください」
真由が顔をしかめた。豊満な膨らみを鷲づかみ、こねまわすと、たちまち生真面目そうな顔が赤く上気した。意外に薄い生地越しに、ボリュームたっぷりの肉球を味わう。巨乳の割に、真由は胸が敏感なのだ。
「カワイイねぇ。ああ、たまらない」
増田は真由の体を引き寄せると、強引にキスを奪った。
「んぐ!」
眼鏡の奥の瞳を丸く見開き、真由がくぐもった悲鳴を上げる。人通りが少ないとはいえ、それでも時折学生が広場を通り過ぎる。
衆人環視の状況の中で、増田は暴虐なキスを続けた。真由は眼鏡の奥の瞳を呆然と見開き、されるがままに唇を吸われている。ねちょ、ねちゅ、といやらしい音が重なり合った唇から漏れてくる。
「あ、あんた、何やってるのよ。真由を離しなさい!」
美咲が、二人を強引に引き剥がした。
「非常識にもほどがあるわよ! 真由に謝りなさ──うっ!」
増田は向き直ると、今度は美咲の唇を塞いだ。
「んんんっ!」
ポニーテールを振り乱し、美咲は必死で抵抗する。増田はがっちりと彼女の体をつかみ、たっぷりと唇を吸いつけた。閉じた唇を無理やり押し開き、ナメクジのような舌を突き入れる。そのまま相手の舌を絡め取り、唾液を吸い上げた。
「うぅっ……くっ」
汚らしい唾液を流し込まれ、美咲の顔が真っ赤に染まる。増田は薄目を開け、勝気な娘がもだえる様を思う存分鑑賞した。
「くっ……」
長いディープキスから開放されると、美咲が慌てて唇をぬぐう。力ずくでキスを奪われた悔しさをあらわに、増田をにらみつけた。
「な、なにするのよ!」
「君たちはもう僕に逆らえない」
増田がねっとりと二人の女子大生を交互に見た。美咲の眼光を正面から受け止めてもまるで動じない。
我ながら図太くなったものだ、と思う。
以前の彼なら、あっさりと気圧されていただろうに。
「僕の言うがままさ。言うがままに体を差し出し、言うがままに股を開く。違う?」
「…………」
何人かの学生が興味深そうに彼らのやり取りを見ている。
その中に待ち合わせ相手の二人を見つけた。枯れ木のようにやせ細った男が星野。小学生並みに背が低いのが三井だ。
「今度まとめて相手してあげるよ」
言って、増田は美咲と真由から背を向けた。
「遅いよ、二人とも」
オタク仲間の二人に向かってにっこりと手を振る。星野と三井は驚きに目を丸くした。
「あの二人はなんなの、増田氏!」
「メチャクチャ可愛いじゃないか!」
「ただのクラスメートと知り合いだよ」
「ただの? その割には随分仲がよさそうだったじゃない」
「うふふふ。ちょっと、ね」
増田は含みを持たせて、笑う。
意味ありげな口調に、星野と三井は顔を赤くした。
「くそう、なんで増田氏ばっかり!」
「裏切り者!」
二人が交互にまくしたてる。羨望と嫉妬で、彼らの瞳は燃え盛っていた。
「うふふ、今度君たちにも紹介してあげるよ」
増田は得意げに胸を張った。
「それよりコンサートコンサート。早くしないと遅れちゃうよ」
「あ、そうだ」
「急げ急げ」
三人は一丸となって、走り出す。
コンサートの開始時刻は夜の七時からだ。会場は更級市内の中心部にあるため、今からならまず間に合うだろう。
とはいえ、万が一にも遅れたくないので、三人は走った。
「音霧咲夜……か」
走りながら増田がつぶやいた。
すでに『断罪天使』に依頼した咲夜用の脅迫ネタは入手している。今夜、コンサート終了後に使うつもりだった。
『断罪天使』の管理人・セラフィム──いや真崎花凛(まさき・かりん)の言葉が脳裏をよぎる。
──断罪天使の正会員になりませんか──
最後のターゲット……咲夜を犯したとき、答えを出さなければならない。
あと三時間後。
運命のコンサートが終わった後に。
*
コンサート会場は大盛況だった。ステージ上で派手な衣装を次々と着替え、紅のロングヘアを振り乱し、音霧咲夜が熱唱する。澄んだ歌声が秋の空気を震わせる。
「さ・く・や・ちゃ〜ん!」
何千人というファンが声をからして叫んでいる。野太い声援が火傷しそうなほどの熱気を放出する。
「オー! オー!」
「オー! オー!」
もはや声にならない叫び声。もちろん増田も周囲の例に漏れず、喉も避けよと絶叫している。
ステージの上の咲夜はどこまでも可憐だった。フリルの多いアイドル然とした衣装をまとい、ステージ狭しと踊っている。
「みんなー、今日は来てくれてありがとうございまーすっ!」
咲夜がマイクを片手に、可愛らしく手を振った。
ただそれだけのことで会場全体が雄たけびに包まれる。熱気と叫びで空気が震える。
「本当に可愛いな。早く食べちゃいたいよ……」
増田はぽつり、とつぶやいた。
間もなくだった。
間もなく、トップアイドルが彼の手に落ちる。
──そして彼の手によって堕ちる。
「待っててよ、咲夜ちゃん。もうすぐ僕が行くからねぇ、うふふ」
会場の熱狂の中に、下卑た笑いが消えていく。
*
コンサートが終わり、咲夜は控え室で休息していた。すでに時刻は十一時を回っている。
「お疲れ様、咲夜ちゃん」
マネージャーがねぎらいの言葉をかけてきた。
「最高のコンサートだったよ」
「関東テレビのプロデューサーさん、来てましたね」
咲夜がぽつり、とつぶやいた。彼とは、メジャーデビューする二年前からの付き合いだった。
今でもはっきりと覚えている。
──とあるアニメで主役声優の座を得るために、プロデューサーに体を許したときのことを。
ぶよぶよと太った腹がのしかかってくる。男を知らなかった瑞々しい秘唇を汚らしい肉茎が割り裂き、突き進んでくる。
思い出すだけで体が震える。
忌まわしいロストバージンだった。
「本当に男を知らないんだな。よし今から『女』にしてやるぞ」
初めての相手は、ヒヒ親父のようなプロデューサーだった。
その日、会ったばかりの相手に処女を捧げる……自分が売春婦にでもなったようで、無性に悲しかった。情けなかった。
こんなことをしなければ役を得ることもできない……芸能界の仕組みが恨めしかった。
「うう……」
咲夜は涙交じりにうめく。
だが夢をつかむためには仕方がない。
自分は決心したはずではないか。
その日の前日は眠れなかった。
プロダクションの社長に泣いて頼まれ、また彼女自身も初めてのレギュラーキャストになれるという好条件も手伝い、決断したことだった。
役をつかむための代償は、咲夜自身の処女。
(こんなヒヒ親父に──)
悔しくて涙が止まらなかった。好きな人に自分の初めてを捧げる、という少女らしいささやかな夢は、もう永遠にかなわない。
でっぷりと太った体が彼女にのしかかる。両脚を割り開き、男が腰を割り込ませた。
咲夜は緊張で息を詰まらせる。
(いよいよだわ。男の人のアレが、わたしの中に入ってくる──)
みし、とすさまじい重圧感とともに、初老のペニスが押し入ってきた。
「あああああああっ」
咲夜は絶叫した。
(痛い……痛い! 痛いっ!)
体を二つに引き裂かれるような激痛が走る。まるで、膣の中に火箸を突っ込まれたようだった。
「お願い……もう抜いてください……痛いんです、抜いてェ!」
目の前がカッと熱くなる。
「くくくく、やっぱり初物はたまらんのぅ」
爺臭い雄たけびとともに、プロデューサーは最奥までペニスを突き入れた。
咲夜が、処女でなくなった瞬間だった。
「はあ、はあ、はあ……」
見れば、結合部からは赤い筋が流れ落ちている。
(入ってる……バージンじゃなくなったんだ、わたし)
それは──地の底へと沈んでいくような絶望感だった。
そして咲夜は悟ったのだ。
芸能界はしょせん弱肉強食。食われる前に食うしかないのだと。
それから間もなく、彼女はとあるサイトに出会う。そして『力』を得た。
その『力』を使って、芸能界でのし上がってきた。逆に『力』がなければ、とっくに踏み潰されていただろう。
彼女が所属するのは弱小プロダクションに過ぎないのだから。
「いつも応援に来てくれるよね、あのプロデューサーさん」
「応援……ね」
咲夜が眉をひそめる。
彼女には、あのプロデューサーが『俺がお前を女にしたんだ』と勝ち誇りに来ているようにしか思えなかった。彼に会うたびに忌まわしい記憶がよみがえる。できれば二度と会いたくない相手だが芸能界にいる以上、そうも言っていられない。
と、
「あの、ファンの方がどうしても会いたい、と」
控え室に一人の男が入ってきて、咲夜の思考を中断させた。
警備会社の社員だろうか、困り果てたような顔で、
「これを音霧さんに渡せば分かるから、と」
花束を差し出す。
「ええい、咲夜ちゃんは忙しいんだよ。トップアイドルなんだ。いちいち一人のファンに関わってられるか」
マネージャーが血相を変えて怒鳴りだす。
「誰だか知らんが、とっとと追い返せ。本当のファンなら、コンサートで疲れきった咲夜ちゃんに、これ以上疲れるようなことをするわけがないだろ」
「はあ、しかし……」
「わたしに渡せば分かる、と言いましたよね」
咲夜が警備会社の男から花束を受け取った。何の変哲もない小さな花束にメッセージカードが添えられている。
書かれていたのは、たったひとこと。
「断罪……天使……!」
その単語に、咲夜の顔色がはっきりと変わった。
なぜこのことを知っているのだ。
咲夜がかつて関わった、最悪の情報サイトに。
──因果は巡る、ということなのか。
「誰なの……」
咲夜はかすれた声でうめいた。
「はっ?」
警備会社の男とマネージャーが同時に振り返る。
「この花束を持ってきた人よ。どこにいるの」
咲夜が叫んだ。
「会いたいんです」
「咲夜ちゃん、今日は疲れてるでしょう。こんなときにまでファンとの交流を持とうとしなくても──」
「会わなければいけないんです」
咲夜は頑として譲れない。
誰にも知られるわけにはいかなかった。
彼女の、暗部を。
「この人にはわたし一人で会いに行きます」
「駄目よ、ひとりでなんて」
「お願い」
咲夜は必死の口調で懇願する。
「わたし一人で行かせてください」
『脅迫ネタお届けします5』の連載はここで終了です。
続きをご希望の場合は、発売中の電子書籍にてお楽しみください。
Copyright © 2004 All rights reserved. [Powered by Novel Factory]